散歩道<99>
                  日本に影響を与えた外国人たち(明治時代

1、江戸から明治の変革期(今から135年前の)に、日本政府は西洋文化を早急に取り入れることが必要と考えた結果、多くの外国人がお雇外国人として、明治政府の要請により来日し多くの分野で指導してくれた事を皆様ご存じでしょう。有名な人では、札幌農学校のクラーク(1826-1886 )や、文学の小泉八雲(1850-1904)、グラバー貿易、経済、コッホ(1843-1910)医学、キャデイ(1854-1925)鉄道、オーストン(1853-1915)動物学、ライト(1869-1959)建築、医学のウエルニヒ(1843-1896)、ベルニッヒ(1843−1896)の医学、ヴォーリス(1880-1954)のキリスト教(EXメンソレタムの会社)、カウフマン(1881-1879)キリスト教、YMCA、ナウマン(1854-1927)教育(地質学)、シーボルト(1796-1860)医学、日本文化紹介、グルーム(1846ー1918)日本にゴルフ紹介、シュナイダー(1890-1955)スキー技紹介、ホ-レス・ウイルソン(1843-1927)伝道・野球紹介、イーウトレーキ(1834-1887)歯科医学、カウフマン(1886-1968)教育,電力社債、ガウラント(1842-1922)日本文化(考古学)、エッケルト(1852-1916)音楽、エリクソン(1881-1940)キリスト教、社福祉、フェノロサ(1853-1908)美術、モース(1838-1925)日本文化(大森貝塚)、ハウス(1870年代)新聞、ヘボン(1815-1911)教育(和英辞典)、グロース(1820-1881)警察、メッケル(1842-1906)軍事、バルトン(1856-1899)上下水道、技術、ジョンミル地震学等殆どの分野にもまたがっていることでありこの時代に集中し形作られた事です。叉、日本にラグビーを教えたのは英国人エドワード・クラーク(1874-1934)です。
 分野別では1、宗教、2、教育、文学、3、日本文化紹介、4、外交、5,医学、6、行政、7、貿易等の順番に多かったようです。(
平成14年12月滋賀県豊郷小の建て替えが話題になりましたが上記のヴォーリス建てた建物です)(ホ-レス・ウイルソン1/11の朝日新聞で知る)03/6の新聞では日本の野球の殿堂入りが決まった。ガウラントは03.6.28の朝日新聞では日本の貨幣鋳造に貢献したが近畿を中心に古墳の発掘も仲哀天皇陵で行い収集した埴輪の一部など大変貴重な埴輪等が見つかったそれを写真に治めていた

2、私が大変関心を持ったのは、ウオーナー(1881-1955)は日本に西洋文化や美術を伝えたが帰国して、京都や奈良の美術の存在を訴えたことが、第二次戦争時の連合国による、この地域の空襲を免れたと言うのが事実のようです。(03.4.19.の朝日新聞・米谷様の情報では実際には、スティムソン陸軍長官が反対されそれが守られたということです)

3、今の小泉首相の米100表の話ではないが、
明治政府は人材育成のため教育に全力を傾けた、その為日本全国に小学校、中学校、高等学校等作ったことです。このことが今の繁栄を築いている大きな要素だと思います。上記のような多くの外国人の努力等もあり、今の社会が形作られたことに注目する必要があると思います。備考:寺小屋の数、11.302校、郷学(中学・高校)568校、藩学(中学、高校、大学)277校、(明治1年)
備考:(国民全体が改革を受け入れる素地があるのは、やはり徳川時代に戦争がなく平和であったことと、教育にあった事と思います)
                     
4、次の
大きな変革期は第二次世界大戦後の日本に戦争前の制度が全面的に代えられ多くの社会改革に大きな影響を与えた人はアメリカや連合国からの日本への使節大使としてこられた、憲法、教育、医学、金融、土木、建築,宗教等あらゆる分野で影響を与えたことは等皆様ご存知の通りです(ダレス長官、ドッジ、マーシアル等)

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