散歩道<961>
五輪選手・知識を国民に還元しては
トリノ五輪で日本選手団は「惨敗と評された。派遣にお金が掛かる以上、責められても仕方がない。他方、普段選手の活動を気にとめず、五輪の時だけ「メダルをとれ」と希求する側も、いささか身勝手だろう。五輪に携わる”アマチュア”選手達と、マスコミを通じスポーツ観戦を楽しむ人々との間には隔絶がある。その溝を埋めるべく、これまでも選手達は努力してきた。サインや握手に始まり、講演活動、芸人ばりのバラエテー番組出演などだが、効果は疑問だ。初心者へのスポーツ教室は単発的だし、知名度とスター性のみに依存した活動は、上っ面の交わりに陥る。先日、東京でそうした現状を打破するひとつの光明を目にした。NHKテレビで放映された番組である。トリノ五輪主将だった岡崎朋美選手と、彼女に5年間、助言してきたスポーツ栄養アドバイザーの石川三知氏が出演していた。筋肉を効率よくつけたり加齢との戦いに望んだりする際、どんな食事をしていたのか、一般の食卓に関連ずけた説明がなされた。競技生活で得られた食のノウハウが、適切な形で提供されていたように思う。選手の食事に関しては、すでに多くの報道が成されている、しかし、肝心の内容は、選手が語ると知識不足から成功談の域を出ず、栄養士の発言では教科書的な解説が幅を利かすキライがあった。番組では、岡崎選手は選手としての立場をわきまえ、石川氏も格好の実例を伴いながら専門的内容を語っていた。説得力を増したゆえんである。選手は、身体を操作する達人だ。日日慣れ親しんだ準備運動ひとつとっても、一般人が健康を保つのに有効利用できる動作が潜んでいるかもしれない。痛めた関節などのリハビリ法は、即応用可能である。自動車界において、レーシングカーの開発技術が一般車に還元されるように。ということで、「企業秘密」のさくを、まず選手側が踏み越えてみてはどうだろう。一般生活に役立つ、そうしたフイルドバックが日頃からなされていけば、選手とそれ以外の者は身体を媒介としたつながりを持てる。スポーツは豊かな身体文化なのだ。そして、こんなことを通じ、単に国の代表という動機からではない、情のかよった「応援の心」が醸成されて行くのではないか。
'06.4.1.朝日新聞、 佐久間 直樹主夫