散歩道<957>
ゆりかご海流・歴史シンポ「文化回路としての瀬戸内海」(1) (1)〜(3)へ続く
発表された内容を私なりに纏めたものです。
絹の道各地に由来:ヒメという地名は現在の地名でヒメシマは大阪以西で16ヶ所fある。絹がそれらを通りルートの最後が京都だった。
瀬戸内海は美しい絹を中国から伝えたシルクロードだ。古くは蚕をヒメと呼んだらしい。蚕を神と崇める話は多い。平家の滅亡は公家文化の滅亡でもあった。その後は武士の天下となり、明治の「富国強兵」や現代の「科学立国」まで、攻め一辺倒の国造りが続いてきた。
平家物語は、古きよき日本の美しさへの「レクレイム」だ。
京都私立芸術大学学長・中西進氏
関連記事:散歩道<701>なつかしいという言葉
映画に描いた輝き:瀬戸内海は静かな海のイメージだったが実際に見て先入観打ち砕かれた。「平家物語」の源義経は瀬戸内海で暴れ回る。戦艦大和は呉で作られた。広島の原爆もあった。「平家物語」は能や歌舞伎、現代の映像作品で取り上げられるが、目の見えない琵琶法師による語りで字の読めない大衆に伝わったことが普及のきっかけだ。現代の文字から映像へのメディアの変化と同じような変革だった。45年8月15日に「諸行無常」を実感した。終戦は「日本文化の滅亡」でもあった。戦後は米国文化に席巻されたが、再び日本文化も生きを吹き返しつつある。「海洋的」でなく「瀬戸内海的」な文化こそが、日本人の精神を支えるのではないか。
映画監督・篠田正浩氏
'06.3.15.朝日新聞
関連記事:散歩道<956>「鎖国時代」はなかった上田正昭氏