散歩道<952>
経済気象台(30)・透明性より信頼感
日銀の量的緩和解除の時期が近づいているが、代わりに政府や市場からは金融政策の透明性を向上させるスキームを提示するよう、圧力も掛かっている。政府の1部からは消費者物価上昇率2%や、名目成長率4%を目標とすべきだ、との声も出ているが、日銀周辺には具体的な数値は避け、言葉で対応したいとの考えもあるようだ。しかし、今日の透明性論議には不可解な点がある。本来、金融政策の透明性とは、日銀による金融調節や政策変更の意図が、市場に速やかに正しく伝わることを言う。かって、グリーンスパン議長のもとでの米FRBも、通常の金融調整のはずが、大手新聞に「政策変更」とかかれ、市場に混乱を起こした経緯がある。以来、FRBは政策変更を行なったのか現状維持なのか、はっきりと文書で示すようになった。その点では現在の日銀も明確な意思表示をしている。ところが今日の議論は、それを越えて将来の金融政策を予見できるようなスキームを求めている。インフレー目標であれ、現実の値がこれに到達するまでは金融緩和継続が予見でき、これを突破しそうなら引き締め転換が予想される。目標を高めに置けば、政府は金融緩和の長期化を確保でき、市場も日銀の「裁量」という不確実性を排除できる。しかし、これらは政策の透明性というより、金融政策を手中に収めたい政府や市場のエゴである。こうしたスキームを用意したところで、70年代後半のような高インフレー期や、近年の日本のようにデフレが長期化する経済では、これも機能しない。そもそも、インフレーと景気の拡大とは相容れない面もある。かってのブンデスバンクやFRB に対しては、こうしたスキームの要請は聞かれなかったからだ。中央銀行に絶大な信頼が寄せられていたからだ。日銀も、透明性スキームの提示を考える前に、まずは揺るぎない信頼性を回復することが大事だ。