散歩道<929>

                大集合(440)・1775 面白い話(124)・ 面白い話(124)・だらしない・環境が助けに白羽の矢

1772、かたえくぼ
:量的緩和解除:お金をジャブジャブ出していた国とはどこの国・・・・・・・・・年金老人(スーさん)

1773、                   神様のムッツリリクエスト「白羽の矢」(しらはのや)
 昔の日本には、八百万
(やおよろず)の神々がいたといわれる。たとえ神様の世界でも、このくらいの数になると、あまりタチのよくないのも1人や2人は出てくる。例えば、豊作にしてやるから人質を出せ、嵐を防いでやるかわりに娘をよこせなどと、悪徳商人顔負けの代償を要求するアコギな神様もいた。この神様、世間体を気にしたのか、これぞと思う娘がいると、人知れず、夜陰に乗じて、娘の家の屋根に白羽の矢をたててリクエストするという、ムッツリ助平流の手口を使った。神様の顔立ちも、身長体重も、性格素行もしらないまま、神意の犠牲になった娘にくらべれば、一流会社の社員がいいなどと、「白羽の矢」を自分で選べる現代娘は幸せだ。

1774、
                    環境が助けに
 父が住職の銅メダルに耀いたレスリング湯元選手、父は息子に戦うような行為は禁じていた。しかし、息子が体育系大学に入った時、寺のあとを継いでくれることにはあきらめた。このような家庭環境に育ったことについて聞かれた彼は、精神的に、環境が助けになったと感謝してるという話。

1775、                   ”逆立ちの隠語”の元祖
「だらしない」
 江戸時代の俳句や小説に。”しだら”という言葉が出てくる。例えば、小林一茶
(こばやしいっさ)の句に、「人なみの正月せぬしだらかな」といのがあり、式亭三馬(しきていさんば)の『浮世風呂』には、「しだらもなく酔ってきての」といった表現がみられる。このしだら、意味は、始末、しまりのことで、同じ三馬の『浮世床』では、なんのだらしもねえくせに」と変わっている。三馬自身の注釈によれば、「しだらないといふ事をだらしがないきせるをせるきというたぐひ下族の方言也」ということだ。つまり、「だらしがないと」という言葉は、オンナのことをナオンというように、品のない表現だったというわけだ。