散歩道<907>
私の視点・メール問題(1)・疑惑追求に野党は偏るな (1)〜(2)へ続く
朝日新聞・ニュース報道・メール問題・政治と娯楽散歩道(904〜911)まで続けます
期待と失望の落差が大きければ怒りも大きい。民主党の疑惑追求に期待した人ほど、民主党への批判が強いようである。また雰囲気の変化を感じ取った自民党の反撃も功をそうして、民主党は息も絶え絶えのありさまである。今回の疑惑メール事件は、民主党のマネジメント能力を白日のもとにさらした。真剣な反省が必要になることは論を待たない。しかし、では仮にあのメールが本物であったならば、野党第一党の姿勢として問題はなかったのか。もちろん国会における疑惑追求の行為自体は否定すべきではない。とりわけ少政党にとっては、議席において不利な議会における存在感を示す重要な手段である。しかし、政権獲得を目指す政党が疑惑追及を議会戦術の中心に据えるのには違和感がある。次の選挙における勝利のために、政権政党とは異なる政策あるいは政権運営方針を示してゆくのが、野党、とりわけ野党第一党の主たる任務であろう。野党は国会で政府や政権政党への批判を行なうべき存在であるが、批判の主眼は、それを通じて政策の問題点を指摘し、政権運営能力を検証することにに置くべきである。これらを通じて有権者は政権を監視し、次の総選挙の際の選択業として野党の立場を理解することができるようになるからである。疑惑追求という行為は、不正があれば政府や政権党の信用が失われるという意味で、政権批判のうちの一手段に過ぎない。確かに疑惑追求にはインパクトがある。もし相手に不正があれば野党は自己の立場を絶対化できる。そしてそれゆえ追求の行為はしばしば自己陶酔に陥る危険性を伴う。
'06.3.4.朝日新聞 政策研究大学院大教授 飯尾 潤氏