散歩道<89>
                            珠算塾の話


  昭和24年頃は珠算塾が全国的に発生した。塾はお寺の講堂で机を並べて開校された。多くの小学生や中学生が塾に通う事に成った。 塾生は小学4年生(私)から社会人まで大体2〜30人の単位であったと思う。そこで多くの先輩から世の中の生き方を教えられた事も多くあったと思っている。当時、京都府では丹波地区大会、京都大会、次に近畿大会などが1、2年単位で行われた。中学生になった自分でも近畿大会で上位に入ることが一つの夢であった。その後珠算も商工会議所主催と珠算連盟主催のものに二分されることになり、前者は最高1級までだが、後者は2、3段までランクがあり、また特に割り算では前者は九・九(2、1テンサクの5)と、後者は掛け算の計算する方法に分かれていた為、塾を代わることは実に大変な勇気がいったことを覚えている。高等学校の上級生に成るまで通った生徒も、そのご東京や京都の国立大学へ入学した人も多く、この町で商店街の跡取になるのではないかという僕の予想に反し、大企業のサラリーマンになった人も多い。ある意味では僕は良かったと思っていた。その後、どの家でも誰が後を継ぐかという問題が発生したという話を聞いた。その彼らも定年を迎える年になって、この間の35年間は又今後は、どの様な形で家と繋がり等、活かされて行くのか等、他人事ながら興味がある。

 2002年7月7日の朝日新聞の報道によると、紀元前3世紀の秦代城郭遺跡で見つかった中に秦代の竹管2万枚発見された。中に4*8=32、5*8=40と九九を記したものが出てきたと有ります。これは秦の兵馬傭以来の大発見だそうです、2300年の歴史の重さを感じますね!

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備考:'09.12.18.朝日新聞では、この珠算塾を開設された小野山先生が逝去された報道が出ていた。お冥福を祈りします。

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