散歩道<88 
              安かろう悪かろう     ・・・・・・・・世相 
                           
1、僕の生まれた昭和13年(1938年)当時〜昭和20年8月までは戦争色一杯で実に重苦しい、色にしては灰色の暗さが一杯立ち込めた時代であった。どの家からも、戦車や鉄砲の弾を作るために鉄類はすべて供出させられた、お寺の釣鐘も集められた。しかし国民は頑張らなくてはいけないと精神だけは持っていたように思う。この当時の事を司馬遼太郎様の本の中で日本全体のGDPの50%以上(特に大正の時代は60%だそうです)を軍事費にとられた実に暗い時代であった*1という文章に、その通りであると納得したものである。
 
今から思い出せば、戦後の復興に向かう昭和26、7年(1952)当時日本製の家庭電化製品を国民は外国製品に比較して、上記(安かろう悪かろう)のように思っていたので、このような言葉が流行ったように思う。この言葉が我々の感覚から無くなったのはシャープペンシル、電子計算機、洗濯機、テレビ、ビデオ、ソニーのウークマンの出現や、日本のカメラがドイツのライカを技術力で抜いた話や、日本のオートバイが米国や欧州の競争で優勝したという報道を聞くようになった後である。その後、アメリカで日本車がよく売れているという話や、アメリカという馬鹿でっかい怪物の中に入りこんで、技術力でも打ち勝つ事も出来る様になった以降の話だ。当時テレビは高くて殆どの家では買えず、街の中で、プロレス中継の時間帯は見物客の大変な人だかりであった。昭和28年頃、地方(僕の町)でも医師がスクーターを買ったというだけで街中の大きな話題になったのを覚えている

備考:14.7月末のNHKの報道番組プロジェクトXの中でアメリカやヨーロッパでも日本製品を「安かろう、悪かろう」というように言われていたと報道がなされてい
た。
備考:
'09.1.22.朝日新聞、08年の世界車販売台数、トヨタ(8972千台)初の世界一に、米ゼネラル・モーターズ(GM)(8356千台)、1931年以来続けてきた世界首位を78年ぶりにトヨタに明け渡した

2、古橋や橋爪のスイマーが当時の世界記録を塗り変えた事プロレス界での力道山が特に(アメリカ人)を倒しての活躍や児島明子様がミスユニバースになったことなどで、多くの日本人に徐々に自信を持つようになったのは事実である

 
万年筆はパーカー、ボールペンはモンブラン、時計はスイスのものがその代表である、今雑誌の広告に載っている製品はその後かなり遅くなって日本の市場に出てきたものだ、今、世の中に存在する物は高度の技術の世界の競争に勝て残っているものである。日本の製品が悪かろうという人は今、誰もいない。今はカラフルの時代である、20、30年前には考えられなかった物で市場にあふれている
備考:この当時以降の状況はNHK朝の朝の連続放送劇「てるてる家族」の毎日の放送の最後に出てきます。

備考:散歩道<3259>*1S.19年では軍事費は実に85%にも達したそうだ。2009年12月21日
備考:'09.戦後の意気消沈している、日本人に勇気を与えた古橋さんが逝去された。ご冥福を祈る