散歩道<871>

                          大集合(395)・1675 ・ 面白い話(98)油を売る告別式

1673、
かたえくぼ:無視:対話もなければ圧力も無し・・・・・・・・倦怠期(昆陽池) 

1674、さぼらなければ商売にならない「油を売る」

電灯という便利なものがなかった江戸時代、行燈(あんどん)の油を一軒一軒回って売り歩いたのが、油売りというセールスマン。水とちがってしずくが切れるまで時間のかかる油のこと、やむを得ず、世間話をしながらしずくが切れるのを待っていた。一軒でも多く回って売り歩きたいのはやまやまだが、物が物だけに、「油を売る」のも楽ではなかった。これに比べて、現代のセールスマンの中には、「油を売る」のが得意の人が多いようだ。何を売っているのか知らないが、昼間から、パチンコ屋や映画館は満員。江戸時代の油売りがこの様子を見たら、おそらく、これで暮らしていけるとは結構な世の中になったものだと、うらやましがることだろう。樋口清之様

1675、中江兆民が遺した本人の知らない遺言「告別式」

明治34年12月13日、ルソーの「民約論」の翻訳などで有名な思想家・中江兆民が没した。そのときの死亡広告の文面は、「遺言により一切宗教上の儀式を用いず・・・・・・・・知己友人相会し告別式執行致候間此段謹告候也」というものだった。これが、「告別式」という言葉のはじまりで、現代のように、神式・仏式・キリスト教式を問わず、儀式につきものになっている「告別式」とは、少々意図が違っていた。自由民権運動の理論的指導者らしく、宗教上の制約を嫌った遺志が生み出した言葉と言え、兆民死して、生前の歴史的業績にもう一つ、現代に残る小さな贈物を追加してくれたことになる樋口清之様