散歩道<870>
大集合(394)・1672・ 思想の言葉で読む・21世紀論・マルチチュード(3) (1)〜(3)続く
「共の時代」迎えた人類
未来への息吹きというなら、マルチチュードという言葉も、新しい日本語に置き換えた方がいいのかも知れない。「多数者」「多数性」「多衆」などの訳語からはイメージが伝わりにくいからだ。明治の日本人は新知識を広めようと大胆な翻訳語*1を考えた。その時代なら「共衆」と訳されたかもしれない。マルチチュードは「<共>的生を生み出す」というからだ。「共衆論」とも呼ぶべきネグリらの主張は、古い世界像の転換を説く。人類は新しい「共の時代」を迎えている。知識や情報やコミュニケーションの重要性がまし、アイデアやイメージの生産、人間の安心感や幸福感をつくりだす「共の労働」が物質的労働に代って世界を動かす世界だという。その担い手がマルチチュードなのだ。ネグリと依然から親交があり、国際雑誌「マルチチュード」の編集人もしている市田良彦氏は「マルチチュード論にはイタリアの人文学の伝統と現代思想が寄せ木細工のように組み込まれている。批判は簡単だが、魅力はむしろ風呂敷の大きさだ」という。「彼らの議論には世界と人間の全てを捕らえたというルネッサンス的雰囲気がある。現代の学問が専門化しすぎて、世界を全体的に論じられなくなってしまったことの方が問題なのかも知れない」 おそらく転換を迫られているのは古い世界像だけではない。21世紀は知の再生(ルネッサンス)の時代になるのか。'06.2.15.朝日新聞、
散歩道<99>日本に影響を与えた外国人、<662>*1明治文化人の訳業・外来語、<663>*1日本人の造語能力、
散歩道<468>格差社会、<469>格差社会の拡大