散歩道<854>
                       
                    大集合(378)・1654 ・文化こころの風景(1)・悪魔の使い

1654  いつも年の暮れになると外国からクリスマスと新年を兼ねたカードが届く、送りての1人、和歌山県出身のヒロコ・カスタッグナさんが、米海兵隊将校のエドワードさんと邂逅
(かいこう)したのは,朝鮮戦争が休戦して間もない1953年8月、「戦争花嫁」の汚名のもと、親の反対を押し切って涙のうちに日本を離れた。士官学校出のエドさんは基地を転任するなか出世街道を歩み、ヒロコさんは四女を育てた。ベトナム戦争が激しさを増す67年、エドさんは米軍が苦戦したケサンの攻防線で、作戦本部の指揮官を務めた。私がカリフォルニアにヒロコさんを訪ねた時、エドさんはすでに軍をリタイヤし、ヒロコさんとの平穏な時を過ごしていた。銃後で支えてきたヒロコさんの話が身にしみた。国内の基地勤務でのこと、戦線に出動している部隊に戦死者が出ると、隊長には先方に訃(ふ)報を伝える役が課せられた。遺族には両親、兄弟、なかには新妻もいる。かけがえのない親族の死を持ち込むのだから、とり乱すこともあれば卒倒してしまう人もいる。エドさんは自分の役を”悪魔の使い”と言い、なによりもそれを恐れたというのである。イラクでの戦死者は2千人を超えている。世界を射程にしたアメリカの軍事戦略には常に”悪魔の使い”が付きまとう。そして日本は今なお、その戦略の呪縛の中にある。'06.1.24.朝日新聞 写真家・江成常夫様

散歩道<652>寺島実郎様・脱9・11事件(1)<653>(2)
備考:'07.11.7.朝日新聞によると、イラクでの米兵の死者は今年の854人でイラク戦争開始後は3857人になるそうだ。

備考:アフガン駐留兵米軍などの外国人部隊の戦闘などによる死者は、2001年10月戦争開始以来3千人を超えた。10年は711人、昨年は566人、今年は155人が死亡した。
2012年5月17日