散歩道<754> 興味ある話なので自分流に纏めた。
散歩道・面白い話・大集合(295)・1497
モネそれから100年 NHK・日曜美術館(2)
画家・児玉請枝、版画家・岩佐克俊、美術家・小野 耕石氏による対談
1496、児玉さんの”白(びやく)”見えないもの”降り積もる雪”を絵の具で塗り重ねて行く、”例えばロンドンの霧”を、ゆらぎの中に光りと時間を内包してしまう。例えば霧の絵の向こうにあるもの、物性的には見えない物・(説明できない)を描こうとしていた。 描かれた絵(空、草原、積まれた牧草、水平線)から水平線を取りはずしてしまうと、見る人は実像と虚像か、わからなくなる。(水平線をなくす・現実性をなくす)空間そのものがモネーの財産である。
岩佐さんは、プリンターの6色で版画で描き出した絵を色を組み合わせ塗り重ねていき独自の世界を描き出す。
小野さんは小さな隙間に塗られた色に、何色も塗り重ねて小さな凸型の無数の集まった画面から色彩の輝き光を含みながら、ゆるぎ、陰を伴い、時間を感じる。
マーク・ロスコも、(ゲルハルト・ジュピター)も、水平線を無くすと何を描いているのか解らない、無垢で人間性の根元性がモネーの絵にはあるという。<検>美術展
1497 ,楽(らく)が逆さになると、楽が出来ない「おクラになる」
ご存知のように、芝居や相撲の世界では、興行の最終日のことを「千秋楽」という。この言葉、もとは雅楽の曲名から取ったもので、法会(ほうえ)に演じられる雅楽のいちばんい終わりに演奏されるところから興行関係者に使われるようになった。これを略して、ラク日とか、ラクになるなどともいうが、ここには、長かった芝居や相撲が終わって、やれやれラクになったというニュアンスも含まれている。この”ラク”を逆さにしてできたのが、「おクラ」で、”お蔵(くら)”はまったく関係がない。せっかく苦労して準備した興行が、途中で中止に追いこまれておクラになったら、ラクしたくもラクもできないというわけだ。樋口清之
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