散歩道<6996>
平成の30年間で、生命科学は飛躍的に進歩した。一方で原発事故も直面し、科学技術の使い方を誤れば大きな打撃になることも痛感した。人類が手にした大きな力をどの様に使えば幸せな未来に繋がるのか。私たちはその選択をすべき「分水嶺」に立っているのではないか。日本の科学技術を牽(けんいん)する山中伸弥さんに聞いた。
新時代・令和・ 分水嶺の科学技術(2)
研究力低下は深刻 創造性の高い若手 シニアが支えよう
・・・・何が科学技術発展の原動力になったのでしょうか。
「米国を中心にバイオ関連のベンチャー企業が次々に生まれ、バイオや医療が投資対象になりました。その影響で製薬、創薬を中心に、それまでの何倍、何十倍も早く、研究開発が進むようになったのです。昭和の頃の医学研究は職人的な技術や、アイデアを持つ研究が成果を上げていました。技術が進み、お金も集まるようになり、やり方が変わりました。一つの遺伝子を時間をかけて探すのではなく、片っ端から解読する手法です。お金と人をつぎ込み、ブルドーザーのように一気に進む研究うが広がりました」
・・・・研究室のトップが「企業経営者のようになってきましたね。
「平成初期の日本のゆうりょく」研究室は、自前ですべてできました。いまは、すべて理解し自分達だけでやるのは不可能です。チームに力と言うか、個々の技術を持つ人をバーチャルにつなげ、巨大なッ式にして、一日も早く進める能力が求められています。日本の苦戦は、大学の研究者がそういう研究のやり方がにがてで、一国一城の主(あるじ)と言う研究室の枠を超えられないこともあると思います」<検>科学、
'19.7.20.朝日新聞・京都大学IPS細胞研究所超・山中伸弥さん
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