散歩道<6815>
新聞の切り抜きの整理・やはり残したい
このページで、昨年(6115番まで書いたと報告ずみ)に年賀状を出して700番目になる、ここでは(6811)、(6812)に続いて、新聞の整理の話を書きたい。
一度は会社の現役時代に切り抜いた新聞は(10年前)年月を中心にかなり捨てたが、(6811)で分類した1から1300番~1400以上の番号を記したものが多くの束になって出てきたときには、どうしても捨てる気にはなれなかった、(再度読むとは思えないがひょっとしてと!)箱に残した。2019年、2018年は箱に入れて残した、叉、”仕事人”も何部か残した。”経済気象台”も束ねて見つけものものや明らかに散歩道に記述したもので、紅く鉛筆でマークを付けているものは残した、いまの正直な気持ちは、ここ1~2年のものも読み返すことは出来る(チャンス・時間)があるのだろかと言う疑問だ、(予想ではないと思う)。世の中の流れが速すぎろと思うからである。
こんなことはもう御免だといった、世界に10数年前に起った、リーマンショックの記事も殆んど忘れたが、少し記憶に残って居る。
叉、個人に興味を持って好きで書いた記事に出くわした時は、捨てたくない、何か残しておきたいという思いにかられた。今は世におられないのが残念である。
何人か”断捨離”を実行したという人のその後の本当の気持ちはどうだったかを聴きたいものである。ある人からネットがあると言われたが、それは断片的で、ページが薄すぎるという思いが私にはある。
このような整理をしている時に、大橋巨泉司会のクイズダービーに出ていた、和久俊三さんが逝去さてた記事を新聞で見た。私が彼の本の記事について感想文を送ったところ、”推理小説のいいポイントをついている”と褒める言葉を頂いたことを今、思い出した。<検>氏名、
<検>6811、<検>6812