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「ミメティスム」で読むアジア(1) (1)~(3)へ続く
「仕返し主義」今も死なず
暴力や憎しみの連鎖を断ち切るために、哲学の見地から「ミメティスム」(imetisme)という概念を提起するアラン・ブロサ氏から聞いた。
自分のしたことを条件反射的に相対化する論理を、ブロサ氏はミメティスムと指摘する。「わが国だけが悪いのではない。他国もやっている」と言う論理だ。「仕返し主義」「模倣の論理」等の訳語が研究者の間で候補にあがっている。フランス語(mimer模倣する)から派生、元来は生物学の擬態」という意味だ。学校を例にブロサ氏は説明する。校庭で子供がけんかをしていた。「どちらが先にやったんだ」と先生が2人に尋ねる。「あっちです、先生」・・・双方から同じ答えが返ってくる。植民地支配、アジアや太平洋での戦争などをめぐり公然と繰り返される日本の政治家の問題発言などは「そうした「校庭シンンドローム」とも言うべきレベルの議論だ。とブロサ氏は指摘する。「アジアの植民地支配を先にはじめたのは、僕達日本ではないのに、何でいつもぼくらだけが悪者にされるんだ」とか、確かに殴ったかもしれないが、僕等がやった以上に、ぼくらだって殴り返されたじゃないか」とか。過去をめぐって日本とドイツの違いが最も顕著に現れるのはこの点だろう。とブロサ氏は付け加える。西ドイツでは60年代に、若者達が「父親達が何をしたのか」を問いつめることなどを通してメティスムから大きく転換、政治指導者も国民の圧倒的多数も、ドイツ人の名に置いて第三帝国の下でなされた戦争犯罪の責任を引き受けるようになった、という。
'06.2.20.朝日新聞 パリ第8大学教授・アラン・ブロサ氏