散歩道<6581>
社説・ 戦後73年とアジア(2)・ 未来へ向け記憶を紡ぐ
危機の予感が現実に
「私には一つの危機の予感がある」。終戦を上海で」迎えた作家の掘田善衛は1959年、将来の日本と中国の関係について、そう書いた。
歴史的認識などをめぐる「双方の内心の構造の違い」が、「ちょっと想像できないようなかたちの危機をもたらすのではないか」と案じた。日本の中国侵略を経て、「われわれの握手の、掌(てのひら)と掌の間には血が滲(にじ)んでいる」とも。日中の国交正常化はそれから13年後の1972年。ソ連という共通の脅威が冷戦下の両国を結びつけた。中国政府は戦争の被害感情より外交利益を優先させ、日本は賠償を免れた。
為政者にとっては成功物語だったろう。しかし和解の重要な土台となる、中国の人々の思いは置き去りにされた。
その封印が解かれたのは冷戦後の90年代で以降である。中國共産党が薦めた愛国主義の政治教育もかさなり、噴出した半日感情が今もくすぶっている。
掘田の言う「危機の予感」とはこれだったんだろうか。 <検>戦争、<検>外国、
'18.8.15.朝日新聞
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