散歩道<6560>

                                    異論のススメ (1)・ 死を考えること・人にやさしい社会への一歩  

 この7月は私は「死と生」(新潮新書)という本を出版した。評論のようなエッセイのような内容であるが、ここで私なりの「死生観」を論じてみたかった。人口の現象と医療の進歩のおかげで、日本では高齢化がますます進展し、独居老人世帯も2025年には700万世帯になるとみられる。
 こういう現状の中で、いやおうもなく、どこでどのように死ぬかという「死に方」に我々は直面せざるを得ず、さらには「死とは何か」などということを考えざるを得なくなってきた。「死を考える」と言えば、いかにも陰気で憂欝でうんざりするという感じであるが、別にそういうわけでもない。これ程人間の根源的な事実はなく、誰にも全く平等にやってくる。そもそも死を厭い
(いと)、面倒なものには蓋(ふた)をしてきた今日の社会の風潮の方が、奇妙なのではなかろうか。
人人の活動の自由を出来る限り拡大し、富を無限に増大させるという、自由と成長を目指した近代社会は、確かに、死を表だってあ扱かわない。死を論じるよりも成長戦略を論じる方がはるかに意義深く見える。しかし、そうだろうか。かってないほどの自由が実現され、経済がこれほどまでの物的な富を生み出し、しかも、誰もが大災害でいきなり死に直面させられる今日の社会では、生長戦略よりも「死の考察」の方が、実は必要なのではないだろうか。
 <検>宗教<検>氏名

 '18.8. 朝日新聞・佐伯啓思