散歩道<6559>

                            日曜日に想う(3)・肩車の「凱旋将軍」見守りたい 

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 ひらがなの名前の詩人まど・みちおさんに「はっとする」という詩がある。
 違法なゴミ捨て、大金ねこばば、下着泥棒、模範教師が高山稙物盗掘
・・・・新聞などでよく目にする、魔が差したような人間の過ちをまどさんは並べていく。そして詩の最後をこう締めくくる。
   ああ きりもなくはっとしては/ほっとする/よくもよくも俺のことではなかったなと
 だれでも人間である以上、つい過ちをしてしまう危うさを内にかかえている。虐待もその類いだろう。ニュースに接して「よくも私ではなかったな」と自省の痛みを引く人もいるのではないか。死に至る虐待は極端だが、無視する、暴言を吐いてしまう、衝動的にたたく、それらはおそらく日々の育児と隣りあわせだ。
 私たちの社会にも自省が要る。結愛さんのひらがなには涙しつつ、子供に向ける目はどうも不寛容だ。子が泣けば周囲の不機嫌に親は縮こまり、遊び声さえ迷惑がられる。そうやって親のストレスや孤立感はじわじわ嵩
(かさ)をあげていく。
 子育てと言う大仕事、もっと敬意を払われていい。見守る。手を差し伸べる。加藤さんにならっていえば、子供という総体を社会で肩車出来れば素晴らしい。
 
<検>教育、<検>世相、

 
'18.7.22編集委員・福島紳二
備考:この文章を読んで涙が出た。