散歩道<6507>
耕論・服が安く買える社会で
作り手思う人増えている(2)
安くてたくさん買えるのも楽しい。一方、服に溺れるような、うんざり感もあった。
そのサイクルからぬけだしたのは、専属モデルの契約が終わった大学3年の頃です。仕事とは別に「自分は何を着たいのか」を考えた。それは安さでも流行でもないって。
服とは全く別に、私は中学の頃から途上国の貧困問題に関心があって支援活動をしていました。何を着たいかを考えるうちに、自分の中でつながった。このシャツは誰が作っているのだろう。遠い国の誰かが搾取されているとしたらどこか後ろめたい。一方、私は服の生産現場尾も見た経験が有るので、作り手の顔や情熱が見える服は着ていて誇らしいな、と。
安いからダメではない。自分が着た服を(ネットで)売り買い出来るメルカリなどを使う人も増えています。もしも「売れるならどんどん買えばいい」となってしまうのであればもったいない気もしますが、捨ててしまうのではなく、他の人に譲れるという選択肢が出来たのは素晴らしい。服のやり取りで(人の)「温度感」が伝わることもあるので新しい技術の可能性は大きいと思います、
本来は人件費の安い途上国に頼るファーストファッション側が仕組みを変えるべきだと思いますが、結局、買う側が変わるのが近道だとも感じます。企業は消費者に気にして低価格にしてるわけだから。価格も大事だけど、もう少しだけ、誰がどう作っているのか考える。そんな自分が幸せを感じられる選択をしようと思える人が、私は増えているように思います。<検>世相、
'18.7.5. 朝日新聞 モデル大学院生鎌田 安里紗さん
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