散歩道<6485>      834b 

                   新春対談・五木寛之氏・大谷光真氏(4)           (1)~(4)へ続く
                         消えた宗教的雰囲気

大谷:五木さんの「他力」を読みよく書いて下さったと思います。浄土真宗の「他力」は教義として厳密に言えば、浄土往生するための阿弥陀様の働きなのですが、どこか科学の公式のように冷たいというか、抽象的なのですね。教義ばかりではありがたくないし、我々の生活と関係なくなってしまう。広い意味での「他力」には「縁」という言葉が一番あうと思いますが、無数にある縁とか、きっかけに気がつく、あるいは育てられるということが大切ですね。いまや教義を読むだけでは教えは伝わらないと思います。学生のサークルのような精神的な交流を持つ場を通じて縁を広げていくしかない。1人ひとりの問題を考える時に佛教の知恵を働かせていただけるよう、お寺があるところではお寺を縁にして、ないところでも、とにかく2人、3人でも、そんなグループが出来ないものかと。
五木:明治から多くの親鸞聖人の本が書かれ論じられてきましたが、教えを心の支えにする人たちには、少し縁遠い議論という気がしないではありません。
大谷:
最近お金をはらって食事をするのに何で「いただきます」や「ごちそうさま」と言わなければならないの?」と問う子がいると知りました。動物や植物の命を食べているという根本的な問いも、あらゆる縁が整ってようやく食卓に届くということも、いまの子供には見えず、お金との交換でしか理解できなくなったのですね。とてもショックでした。
五木:親鸞聖人がいま生きておられたらなら、毎日の出来事に何とおっしゃるかと考えるのです。「悲泣せよ」なのか。あるいは「ただ念仏せよ」なのか。
大谷:親鸞聖人がこうおっしゃるかとか、教えはこうだとかいうだけでは不十分だと思います。2011年に親鸞聖人750年大遠忌をむかえますが、教えを聞いた私が、どういう生き方をしているかを発表しないことには、法要の意味は十分ではない。要するに自分の答えですね。親鸞聖人に代わって、自分で考えてみてください。正しい答えでなくてもいい。それぞれが受け止めたことを発表していただきたいのです

'06.1.1.朝日新聞  対談:浄土真宗本願寺派第24代門主・西本願寺住職。大谷光真氏、作家・五木寛之氏

散歩道<344>面白い本・生きる言葉(1)~(3)、<444>五木寛之様・京都、佛教、国際貢献及諸教混合(1)~(2) 、<1803>人を恨み、仕返しをしてはいけない。(1)~(3)、<367>*1<473>*1

                      next             6