散歩道<6107>

                                         日曜に想う・暮れの日々不機嫌に一利なし(4)

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人が暮らしていくうえで、法律より広くモラルや常識の守備範囲がある。法律は人に、店で高飛車になるなと命じないし、他人に毒づくなとも言わない。しかし今、さまざまな場面で、人間社会の潤滑油というべきその守備範囲が、哀れに細っているように思えてならない。
 さて、今年も師走である。
 急き立てられるような季節は、腹の中に険しい感情をためやすく、言葉や態度に載せた毒がその量を増す時かもしれない。作家の幸田文は昭和の半ば、せわしい年の瀬の情景を小紙に寄せた。
 「歩道だって素直には歩けない。人がみんなやけにぶつかって来る。いきおい、そんならこっちからもぶつかってやれといく気になって侘
(わび)しかった」
 さすがにこの人は、心中に生じかけた毒を自らそっと解毒したようだ。
 聞くところでは、こうした毒の「大排出源」は男性の中高年世代というのが一説らしい。近い人なら後で許しも乞えるだろうが、どなたかとの、たまさかの一会(いちえ)を毒で苦いものにしたくはない。
 お仲間の一人として毒消しのゆとりを心身に保ちたいと思う。暮れの日々、不機嫌オーラに一利もなしと胸に畳む。
<検>世相、

'17.12.3.朝日新聞・編集委員・福島 伸二氏

           
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