散歩道<6102>

                                 日曜日に想う・憲政の神様から71年後の国会へ(3)


 
 返す刀で政党にも容赦ない。「国家を背負って起
(た)つだけの抱負がないから、詰まらぬことで喧嘩して、内閣でも倒せば非常な手柄であるかの如(ごと)くこころえて居る」。西郷・大久保・から大隈重信、伊藤博文、原敬らまでポンポンと名前を挙げて「私は一生涯殆ど政党のために尽力した」と言う神様が「ただ自分たちの一身の利害栄辱を考えて離合集散する所のと徒党は何時でもできる」「党員というものは、党議に縛られれば正邪曲直を問わず、良心を捨てて党議に服従します」と喝破する。議会はその都度「拍手」で応じるばかりだ。
 ただ、自省に続く提言は今日こそ痛切に響く。「殊に国家が今日のごとく難境に陥っているトキには、議論等に違ったところがあっても」、伸ばす」ことが出来るものは出来るだけ伸ばして、目下の急務」だけを互いに助けあって国を救うということをとらなければならぬ」疑惑や問題の追求よりも等角が差kに立ち、いざ解散となると政策より当選が大事の選挙互助会と化す野党。解散で行政府の「一強」を固めればそれでよし、立法府のチェツク機能など顧みもしない与党。合わせて結果、この国の政等政治は翁の嘆きのまま今も、「国難」に際し合意形成の力と意思を欠いたままだ。
 <検>政治、<検>

 '17.11.26。朝日新聞・編集員・曽我 豪氏