散歩道<6095>
波聞風問・物価と成長(3) 「失われた20年」だったのか
これを「デフレ」とひとくくりにしたことは本当に正しかったのかどうか。
同じように、「失われた20年」という言葉の罪も小さくない。白状するが、これを初めて世に問うたのは私たち朝日新聞取材班だ。8年前。日本経済の四半世紀の変化を描いた連載をもとに「失われた<20年>」(岩波書店)という本にした。その後、この言葉を表題に盛り込んだ経済書の出版が相次いだ。
当時、表題を巡って取材班と編集者でかなり議論になった。バブル崩壊後の経済低迷の長期化は「失われた10年」と呼ばれていたが、さすがに「20年」という認定はなかった。でも、私は推した。かっての日本経済の栄光、日本企業の強さをなつかしみ、それに比べ今は・・・・という意識がどこかにあったのだろう。
2つのキーワードは「失われた」成長を取り戻すためならギャンブル的な政策もやむなしという空気を生んだ。そして低成長や低インフレのもとで持続可能な財政や社会保障にしていくのだろうという。本来目指すべき道を見失って知ったのだと思う。今は名付けを悔やんでいる。 <検>政治、<検>言葉・・・・失われた20年
'17.12.12. 朝日新聞・編集委員・原 真人氏