散歩道<6069>
社説・政治家の言論・その荒廃ぶりを憂える(2)
加計問題の報道は確かな取材に基づくものだ。記事や社説などへの意見や批判は、勿論真摯(しんし)に受け止める。
だが死ねという言葉には、感情的な敵意のほかにくみとるものはない。
昨年、「保育園落ちた日本死ね!の言葉が注目されたが、それは政策に不満を抱える市民の表現だ。国会議員の活動での言論は同列に出来ない。
政治家による暴言・失言の類は、以前からあった。最近は、政権中枢や政党幹部らからの、とげとげしい言葉が増えている。
政権与党が、論を交わす主舞台である国会を軽んじる風潮も一因だろう。昨年は首相周辺が野党の国会対応を「田舎のプロレス」「ある意味、茶番だ」と切り捨てた。
国会の限らず、政治の言葉が、異論を唱えるものを打ち負かすだけの道具にされている。
安倍首相は7月の東京都議員選で、演説にヤジを飛ばした人々に「こんな人たちに負けるわけにはいけない」と叫んだ。
「犯罪者」「死ね」「こんな人達」。国策に重責を担う政治家が論争の相手を突き放し、対立と分断をあおる。
そんな粗雑な言動の先にあるのは政治の荒廃であり、それに翻弄(ほんろう)される国民である。<検>政治、<検>言葉、 '17.11.18朝日新聞
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