散歩道<6060>
美術展・第85回独立展
実に見事な作品の展示だ。この会に来ていつも思うのは、各人が独自のイメージの作品を思い切り大胆に描かれていることである。これだけ多くの作品が出品されていても好きな絵はというと中々選ぶのは難しい、抽象的な絵は解りづらいし、女性を描いた絵は幻想的であったり、生き生きしていたり、物憂い生活がそこに描かれていたり、どうしても惹かれてしまう、額田さんの絵はづっと好きで他の作品と比較してもユニークなので何時もすぐに見つけられる。今年の作品も素敵な絵であった。
美術展でいつも考えるのは、タイトルが先なのか、描いているうちにそれ(タイトル)が浮かんでくるのか、その為に修正を余儀なくされることなどあるのか?絵具の種類も何杯にも増え、質が良くなってきたために、その色をどうしても描き込んでみたいという考えなど起こるのか? そう考えたのは、ある学術講演会で演者が色んなことを調べていくうちに、どんどん最初に思い描いていたテーマは変わっていくもので、それはそれで楽しいもんだと言われたことを今思い出していたからである。
今から150年以上前までに描かれていた水墨画のような、余白一杯の、細やかで枝のは枚1枚を丁寧に描くような、流儀の絵は今の時代には題材として余り関心のないところへ押しやられたのかなど、色彩豊かな絵が力一杯、ぐいぐい塗られている絵を見てそんな思いになった。
この会場に入る前、朝鮮通信使の180人ほどの、旗は赤と青で縁取った赤の文字で着飾った姿の台の上の男性(通信史・実は駐日大使の人のようだ)とその台を担ぐ男性等、女性はピンクと赤と頭の花の飾りと原色が鮮やかである、道行く人との和やかな交流(言葉)、当時(300~500年前)これ程鮮やかな衣裳で、随分沿道の人を引付けた行列であったと思われる。<検>美術展