散歩道<6035>               661から移動

                           テロと戦争(3)                       (1)(4)続けます 

 無差別テロという忌まわしい21世紀の政治表現スタイルは、失業や貧困の解消さらに知識社会の構築によって消え去るものだろうか。そうとも言えない点に問題の深刻さがあるのだ。何よりもそれらは、イラクやパレスチナという中東の「前線」だけでなく、紛争の「後方」にある欧米にも出現しているのが特徴である。この理由は、移民や物流といった規模の限定された西欧と中東の接触が、ヒトと情報と金融のグローバリズムを介した大規模の「移動」に取って代わられた事情と無縁ではない。情報の伝播とイデオロギーの1体化は、民族の自決や国家の主権という政治目的を実現するために「前線」の途上国ではテロを交えた抵抗、「後方」の先進国では非暴力の反戦平和世論といった運動の分担を過去のものにした。ベトナム戦争に反対しアルジェリアの独立に賛成した西欧の知識人は、欧米社会の有利な世論形成の味方として、現地でテロに従事した者たちからも歓迎されたのである。今の状況なら、サルトルやサイードが仮に現地のテロに賛成するかあいまいな態度を取ったとしても、パリやニューヨークの無差別テロの犠牲者となる皮肉な可能性から免れないだろう。
 
2005年10月14日   '17.11.4.                 <検>政治、<検>戦争、

'059.5.朝日新聞・東京大学教授・山内昌之様

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