散歩道<6029>        自分流に纏めました

                        
講演会・日本史の戦乱と民衆(3)

ここからはパネルディスカッション、
 ○アントワープには、7000人、大虐殺を行ったという報告がある。 日本では、島原の乱(1650)が最後、  <2422>大阪夏の陣屏風・元和のゲルニカ            
 ○兵器をどれだけ分捕ったか、何人殺したかというような、記憶に対するインタレストがあった。
 ○歴史は信用できない、それは勝者の記録より残っていないからである。
 ○歴史を学ぶ教訓が生かされてはいない。人間はおろかである。(知っている愚か、知っていない愚か)、
 ○わからないものわ解らない、解るもの解る、歴史学者の言葉がある。  
 ○マスコミは今でも書くのは、大河ドラマでも、英雄物語の真田丸であったり、禁門の変だったり、戦乱を書くことが多い。それではどうしても視野は狭くなる。
 ○一般の民衆の被害、家屋の焼出、戦争の恐ろしさ、民衆が主人公になって書き残されている資料はほとんどない。  
 ○当時、女性がどの様な生活をしていたかの記録は殆どない。
 ○1800年人口:江戸130万、大阪40万、京都30万、北京110万、ロンドン90万、パリ55万、
 ○歴史を振り返る場合、主人公は誰だという事を抑えることが大切である。

'17.10.28. パネルディスカッション・倉本一宏教授、呉座勇一准教授、フレデリック・クレインス准教授、磯田道史准教授、司会石上阿希特任助教