散歩道<6027>    自分流に纏めました    

                          
講演会・日本史の戦乱と民衆(1)

 今日の講師に共通していたのは、日本の古文書や外国の本から関連記事を調べ、そこからのストーリの推移がなされていたことである。それらの話は余り知られていない歴史上の事実に興味深く聞くことが出来た事である。   
 白村江の戦い:それは唐・新羅の軍と百済の戦いであった。日本の倭寇が朝鮮の百済を助けようと援軍を送るが、唐の国家軍に負ける、倭国の軍は地方からの寄せ集めの豪族軍であった。兵器の強度が全然違っていた。(唐
新羅軍が鉄製の武具に対してこちらは、木の先に槍を付けたもので)、戦略も、倭寇軍は攻める一方で、挟み撃ちにあい、船に火をかけられ殆どの兵が海に沈められた。  これ等の記述は、(日本霊異記)、(日本書記(684-696))、(続日本書記(707))に載っている。倉本一宏教授

'17.10.28. パネルディスカッション倉本一宏教授、呉座勇一准教授、フレデリック・クレインス准教授、磯田道史准教授、司会石上阿希特任助教