散歩道<6009>
日曜に想う・飛び交った声 明日からの言葉(1)
あの詩人のお宅は、さっぱりと知的な空気をまとっている。私のご近所と言えるところにその家はあって、たまに散歩しながら前を通ることがある。
詩人は11年前に亡くなられ、家屋は少し古びたけれどたたずまいはそのままだ。通りかかるといつも、彼女の詩が1つ2つ胸のそこから浮かんでくる。きのうあたり散歩に出かけていれば、浮かんできたのはこの一節だったかもしれない。
言葉が多すぎる/というより/言葉らしきものが多すぎる/というより/言葉と言えるほどのものが無い
会解りの人もあろう。茨木のり子さんである。この「賑々(にぎにぎ)しきなかの」という詩の冒頭は、きのうまでの選挙運動を入っているようにもみえる。何の為の選挙化納得のいかないまま、自賛と甘言の呼号が頭上を飛び交っているように感じた人は、少なくなかっただろう。
或いは、むねに浮かぶのはこの詩句だったかもしれない。
人々は/怒りの火薬を湿らせてはならない/まことに自己の名において立つ日の為に
この3行を含む髭には「内部からくさる桃」という刺激的な題が与えられている。感情に任せて荒れ狂う怒りではない。憎悪ともむろん違う。この3行にこもる意味は、おそらく「忘れない」ということと同義だ。なぜなら、忘れるのをじっと待っている人達がいるから。<検>政治
'17.10.22.朝日新聞・編集委員・ 福島 申二氏
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