散歩道<6010>

                                日曜に想う・飛び交った声 明日からの言葉(2)


 内なる火薬を湿らせてないでいるのは簡単なことではない。
例えば原発ひとつとっても、進める側は、政治家も役人もそれを仕事として税金から報酬を貰う。ところが異議を唱える市民の多くは、それで食べてはいかれない。日々の暮らしに追われながら、やむにやまれぬ気持ちを行動の支えにしている。立場が違いすぎるのだ。
 同じことは、世論を二分して成立した安保法などにも言える。世の中はあわただしい。大きなニュースが飛びこめば,一つ前のできごとはたちまちに後景に退いていく。そのうえ今は目先の愉楽や便利さに工夫が凝らされて政治や社会に対する怒りは、いきおい一時の感情に留まりがちだ。そうしてじきに忘れられ、政治家は高をくくることを覚えていく。
 310万人が没した先の戦争さえ例外でなくなっている。戦後72年、日本が抱いてきた戦争というものへの「怒りの火薬」は、ここにきて急速に湿ってきたようだ。とりわけ政治の担い手から、歴史の井戸に深くつるべを下す謙虚さが失われているように思われる。
 1926(大正15)生まれの茨木さんが代表作につづっている。
  わたしが一番きれいだったとき/
・・男たちは挙手の礼しか知らなくて/きれいなまなざしだけを残して皆発っしていった
 東京に冷たい雨の降ったきのうは、74年前に、当時のニュース映像でよく知られる雨中の学徒出陣壮行会が行われた日だった。敗戦のとき茨木さんは19歳。この人の詩は、戦争を知る世代ゆえの「勇ましさ」への懐疑を、選び抜いた言葉で私たちに投げかけてくる。
<検>政治

'17.10.22.朝日新聞・編集委員・ 福島 申二氏