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                       脱9・11への転換  寺島実郎氏(3)       (1)~(4)へ続く

 アナン事務総長の国連改革に関する報告以来、この春から日本外交の課題として論じられてきた「国連常任理事国問題」は、総選挙をはさむ2ヶ月間にしずかに消えた。中国・韓国という近隣の国の反対、さらには他の頼みの米国の国連改革の消極性もありあえなく頓挫した。日本人として省察すべきは日本がG4(ブラジル、ドイツ、インド、日本)として提出した国連改革案を支持した国において、アジアの国といえばブータンとモルディプ共和国だけという事実だ。ドイツがフランス、ベルギー、ポーランド、チェッコなどの欧州近隣諸国の支援を引き寄せたのと対象的に、アジアでの日本の孤独を際立たせた。戦後60年の夏に日本のアジア外交の希薄さを思い知らされた瞬間である。9・11後の4年間の日本は、「テロとの戦い」に逆上するブッシュ政権にあまりに振り回された。「アメリカファースト」を掲げて登場したブッシュ政権は京都議定書やCTBT(包括的核実験禁止条約)に対する姿勢に示されたごと自国利害中心主義を際立たせたが、9・11に直面したことによりアフガンからイラクへと歪(ゆが)んだ形で力による国際社会への関与を余儀なくされた9・11後のパラダイムに過剰反応し、対米協力のみ強める日本を見つめるアジアの目線は確実に冷却した。解釈改憲で自衛隊イラク派兵さえ実現するあいまいな日本に、21世紀アジアの姿が見えなくなった、とするアジアの有識者は少なくない。アジアに向き合う日本の基軸が問われているのだ。 2005年10月8日   
 '05.10.6.朝日新聞日本総合研究所理事長

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