散歩道<5973>                       647から移動

                   61年目の出発・日本を説明しよう(2)

  明治時代、東京美術学校の初代校長を勤めた岡倉天心*1を知っていますか。主著は全て英文で書いた第一級の国際人です。日本の伝統的な美術品を調べ、欧米や中国、インドに旅し、圧倒的に迫ってくる西欧文明に対して、東洋の一員としての日本を世界に発信しました*2。明治の知識人らしく、スケールの大きい文明評論家でした。日露戦争の直前に出版した「東洋の理想」は「アジアは一つである」という書き出しで有名です。近代化に遅れ、西欧列強に植民地化されたアジアは、屈辱において一つとの主張でした。でも、彼はその後、日露戦争でアジアを踏み台に列強に追いつこうとする日本の姿を目の当たりにし抗議せざるを得なかったのです。それから日本は急カーブでアジア侵略の道へ踏み込み、敗戦でまた大きく舵を切ることになりました。戦後60年だけでは捉え切れない、近代国家の屈折を考える必要があります。転進から何を学ぶべきでしょう。まず「アジアは一つ」という理想にもかかわらず、逆に日本がアジアへ武力を向けた誤りを考え抜くことです。日本を一生懸命に説明した彼の努力も忘れてはなりません。「ワンフレーズ首相」を持ち出すまでもなく、自分の国が目指す方向を、これまでたどった道を踏まえて語る力を磨かなければ、世界の人たちは耳を傾けてくれません。国際社会にどのくらい貢献できるかは、言葉を尽くして説明する日本人の努力の積み重ねに掛かっている。そんな思いを君に伝えたのです。   '05.8.12.朝日新聞社説

'05.8.12.朝日新聞社説

散歩道<646>*1講演会・岡倉天心とインド
散歩道<244>なぜアレキサンダー大王だけが東方遠征に成功したか。・LOG(激論*2自衛隊が海外派遣する時、この必要性を感じた