散歩道<5856> 630から移動
水/地平線 「押しつけ連邦制」行く末は・ワシントン
イラクの憲法草案でスンニ派が最後まで抵抗した連邦制(フェデラリズム)をアラビア語で何と言うのか。中東出身の友人に聞いたら、答えは「フェデラリーア」だった。該当する言葉がなく、英語の直訳になったという。イラク戦争を主導したネオコン(新保守主義者)は、スンニ派、シーア派、クルド人が混在するイラクを独裁以外の方法でまとめるには地域の独自性を維持しながら国家としての統一を維持するを「連邦制」しかない、と考えた。反フセインで米国と連携したクルド人の要求でもあった。ブッシュ政権も憲法草案過程で連邦制にこだわった。 50州の連合体で国家を構成する米国で人々は、連邦制からユニティー(統合)という前向きのイメージを連想するという。だが、歴史的な連邦制文脈の異なるイラクではまったく違うイメージが独り歩きしていた。7月までバグダッドに滞在していた米国務省の中東専門家アルベルト・フェルナンデス氏が「ボタンの掛け違い」を教えてくれた。アラビア語に堪能な同氏が憲法に反対するスンニ派に連邦制のイメージを聞いてみたところ、分割を意味する「タクシム」だったという。「アラビア語では、植民地支配の分割統治と結びつく忌むべき言葉だ。米国は、イラクを3分割する新植民地主義者だと思われていた」。多くのイラク人は地方分権や連邦制の実態を知らない。石油利権や自治の権限をめぐって表面化した連邦制をめぐる対立の背景には、フェデラリーアに対する抜きがたい不信感があるというのだ。「そうじゃない、米国では統合を意味するんだと力説したのだが・・・・・・」。
ワシントンに戻り、中東世界に対する「広報外交」を担当することになった同氏自身、イラク統一を維持するには連邦制しかないと考える。だが、不信感をぬぐう方策は見当たらない。連邦制をめぐる食い違いを残して憲法草案が確定した先月末、ブッシュ大統領は「イラクで民主主義が開花すれば、拡大中東地域(の民主化)にも影響を与えるだろう」と自我自賛した。そうだろうか。地域の事情や歴史を無視した米国の政策が手痛いしっぺ返しにあった例は中東に限らない。民族・宗教間の憎悪と暴力の連鎖が続くイラクの行く末に、私が思い描くのはユーゴスラビア連邦解体後、内戦に突入したバルカン紛争の荒涼とした風景である。 2005年9月22日
'05.9.18.朝日新聞、石合 力氏
備考:国の運営には、多くの国の協力と、国民の同意が必要と思う。