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                         経済気象台(9)人間の復興                        

 経済官庁のエリートが公金を流用して株式取引をし、産業再生機構の社会的意義までそこないかねない事件があった。かってリクルート事件を連想させるが、社会の良識や志を体現すると思われてきたエリート閣僚や大企業の経営者などのイメージが傷つくのは次の世代の教育にもマイナスである。
 なぜこのような事態が起きたのか。その原因は経済や経営の働きを最優先してきた社会の中で人間はそのためにどう役立つか、という手段と位置づけられ、仕事を通して人間としてどう成長するか、という観点は忘れられたからだ。
 経済や経営の為に役立つかどうかだけで評価されるのは一見合理的なように見えるが、本質から外れている。志や誠実さや思いやりなど人間としての成長にかかわる大切な資質を養うことが土台となってはじめてよい仕事、創造的な仕事もできるからである。残念ながら日本の教育は受験中心の偏差値教育に呪縛され、一人ひとりが持つかけがえのない願いに光を当て、引き出すという本来の働きを見失ってきた。経営にも哲学が必要だ。という認識が生まれつつある今、大学では哲学科が消えているのも象徴的である。
 20世紀の功罪として、外なる経済発展によって生活の便や快適さ、物の豊かさは著しく好転したが、その効用を生かす人間の内側の資質の耕しは脇に置かれ、衰弱した。
 その一方で私達が人や社会に対して働きかける影響力は、経済や情報の発達ゆえに、過去の時代とは比較にならないほど大きくなっている。エリート閣僚や経営者においては、なおのことである。かってのリーダーたちには陽明学や禅で試練に立ち向かうための不動心を求める気風があったが、今は「効率化」の風土がそれを疎外している。そうした空洞を埋め、人間を本来の位置づけに復興することをもっと意識的に進める必要があるのではないか。
2005年9月1日    '05.7.1.朝日新聞・  
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備考:15年後の今、ここに書こうとしている考えるのは、リーダーこそ、日本の将来を見越した強い指導力があらゆる面で欲しい '17.6.17