散歩道<5818>

                                     講演会・道徳教育の教科化(2)          自分流にまとめた


 戦前の道徳教育は「修身」という名で行われていた。明治初期を除き、戦前の日本教育の根幹とされ、そこでは「教育勅語」の精神の具現化が意図されていた。それだけに。その時々の国家の方針が最も端的に表明されていました。
 終戦後、極端な国家主義・軍国主義的だった修身は。教育勅語と共に撤廃された。特定の教科の時間を持たず、学校教育全体を通じて道徳教育が行われるようになった。憲法、教育基本法に基づき幸福の追及、平和主義の理想を目指すこと、共同社会の一員として働く自覚を持たせ、普遍的な国際性を持った人格の完成をしようとするものに成りました。   戦前の修身の反省(特定の価値観を押し付け、戦争へと突っ走った)から、特定の教科を設けず、国語、社会、理科、社会
・・・すべての教科の学習を通じて、憲法の理念を実現することにしました。

同志社大学の'17年総長の卒業式の文章、個人が何より尊重されるべきである、その総力があって社会が成り立つ、道徳教育の問題が強く要求されている割には人権についての記述は殆どないという指摘もある。京大総長・山際先生の'17年入学式での挨拶は
”ボブ・ディランの風に吹かれて”の歌から、自由な発想で、独創的な考えで社会の貢献できるような研究もし叉社会をリードできるような人に成るよう希望された。叉、選挙権が18歳になったことにより京大生は皆権利を取得した。自分の意見を選挙に役立てる為には選挙には必ず行って1票入れることや、言葉で表現する以外に相手に伝わらないものと思う。戦争に京大から4500名の学生が学徒出陣し、260人が戦死された。そのようなことがあってはどうしてもいけないと強く希望された。<検>講演会  <検>教育、

 '17.6.4 京都教職員副委員長・中野宏之氏


                                      
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