散歩道<5783>
美術展・海北友松展
連休明けで、開館間もない時間だが、多くの人が入場規制で列を作って並んでいる、うす暗い部屋の中で絵の説明の所で立ち止まる人が多く、前へ進まない、一応全部の作品を見た、見て良かったと実感した。入場してみて人気の程が理解できたように思う。年表では、生誕は日本が大きく変わる文化花開く桃山時代、歴史上の人物との関係が色濃くあったように報告されている(豊臣秀吉、明智光秀、石田光成、安国寺恵瓊、細川幽斎、後陽成天皇、千利休、斉藤利三等)が、若い時は荒々しく、激しく、徐々に穏やかに、優しく愛嬌もあって、最晩年の絵は淡く澄みきったように描かれているように見える。交流の多さや深さが画風に影響を及ぼしていたとされるが、それが背景にあるかと考えてみたがそれがどの様な表現方法として描かれているのか、私にはわからない。生涯を通じて、大胆に自分の思いを描き切られたのだろうという感じはする。絵の大きさに圧倒される。これ程素晴しい絵が500年前、日本に存在したこと自身が驚きである。
見ての印象を画くと、画面からの空白の余裕が感じられる。日本画の研ぎ澄まされた筆使い、薄く描かれたところに遠近法の描き方を感じる。どれも大きく気持ち一杯に描かれているように見える。龍は宇宙の大きな流れの中で激しく強く、恐ろしく、不気味に描かれている。自然の岩壁の厳しさ、海からの荒れる風に耐え厳しく、生きる松、鳥、海は荒々しく描かれている。一方、身近に接する花々や木々、動物、人物は優しく優雅に描かれている。猿は丸やかに伸び伸びと、牛や馬は優しく太って愛嬌が感じられる。描かれている人物はお年寄りが殆どだが、だれも年より臭くなく、痩せず、太って描かれていることが、優雅で嬉ばしく見れる絵になっている要素かも知れない、叉、晩年の自由に描かれた押絵の賛の味が、何とも言えず優雅に思え、絵を一段と楽しいものにしている。 '17.5.9. <検>美術展解説
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