散歩道<578>                              5582へ移動                                        
                         散歩道・スマートフォン350号記念・面白い話・大集合(130)

789.スマートフオンは使えるが、パソコンは使えなくなった人
 最近のスマートフォンのニュースでは、スマートフォン
(SP)は使えるが、パソコンは使えなくなった人も出て来てるようになったという情報である。(SP)は、情報入手には早いかもしれないが、情報の管理、保存、活用,印刷等の機能のこと考えると、その人がやりたいことは何なのかと聞いてみたい気がする。あなたは、大丈夫ですかと?

790.
面白い、HOTELの名前    面白い、HOTELの名前・「と、いうわけで。」を見つけた。(京都東山区・宮川町通りで)、

791.有名人の思い出(泳さん、大橋さん、元千代の富士、中村紘子さん)
 
'16.7.に有名人が亡くなった、放送作家・泳六輔さん、タレント・大橋巨泉さん、ピアニスト・中村紘子さん、元横綱・元千代の富士さんが相次いで亡くなった。泳六輔さんには「上を向いてあるこうよ」、「しあわせなら手をたたこう」の歌、大橋巨泉さんには、クイズダービーや人に幸せについて語った彼の生き方の話に興味がある「人には幸せだけがいつまでも続くものでもない、人にはその(幸せの)容量は決まっているのではないか、今迄幸せであリ続けた自分には、残された人生に幸せを求め続けることは難しいように思うから、これからは出来るだけ、自分が決めた好きなことだけが出来るような日を送っていきたいと思っている」と、日本、オーストラリア、カナダでの自由な時間三分割してを楽しんだ。元千代の富士さんが相撲界を引退したのは、当時の関脇・貴花田に押し出しで負けた時、ようやくこの人に相撲の将来を託してもいいと感じた力士が出てきてくれたと負けは悔しかったが、土俵際を去る時、何となく、にやっと笑いが出たのはそう感じたからだそうである。(その話をしたのは、元NHKの当日の相撲実況中継のアナウンサーである)中村紘子さんには、天は人に2物を与えずというが才能と美を与えられた素敵な女性だと私は見ていた。
備考:泳六輔さん、大橋巨泉さん、元千代の富士、中村紘子さん、皆様'16.7中に逝去された。ご冥福を祈ります。


792.東郷カレー
 
東舞鶴・赤レンガのレストラン、80年前をしのばせる赤レンガの10棟近い大きな広い庭の中のレストランで、食べたいと思っていた東郷カレー、赤いレンガもしっかりしているが、屋根を支える時代を感じさせる太い木造、1936.ベルリンオリンピックで前畑秀子日本女子として初めて金メダルとる、2階には当時を思い出させる時代之記録が展示されていた。当時の味はこれより旨かった(辛かった)のだろうか?、京大の総長カレーや、東京で泊まった時に見つけたアパ社長カレーを思い出した。<5575>

793.猪の口とは無関係「猪口」(おちょこ)
 酒飲みの必需品ともいうべき「猪口」
イノシシの口の格好と似ているところから付いたものと思っている人も多いようだもっともらしい字があててあるが、じつはこの言葉、中国渡来説もあるが、朝鮮語の「杯」を表す「チョンク」のなまったものという説もある。日本語でこの語が使われるようになったのは、江戸時代の寛文年間、江戸文化が爛熟の極に達した文化文政時代には、金銀を使った豪華な猪口が流行したというから、さぞ酒もうまかったことだろう。しかし、天保の改革で、老中水野忠邦(1792-1851)(みずのただくに)は華美をいましめ*1、徹底した緊縮財政を実施したため、以後は、もっぱら瀬戸焼か有田焼の染付けがふつうになった。樋口清之さん