散歩道<5772>
講演会・上田正昭生誕90周年記念シンポジューム(2)
パネルディスカッションでは、先生が主に取り組まれたのは1、古代史、2、部落の問題、.3芸能、4.地域事情、5.渡来人のテーマである。先生が専門に研究されていたのは、考古学、学問の社会化、民際(人と人とのつながり)、近江に在住した江戸の儒学者・雨森芳州(あまもりほうしゅう)の研究もそうである。古代から、日本と中国、朝鮮との関係はいい関係がずつと長く続いていた。その後中国との関係に比較し、朝鮮との関係はうまくいかなくなった(低く見るのようになった)。(1例として挙げられたのが1592年の秀吉の文禄の役、日本では朝鮮征伐と言っているが朝鮮からすれば征伐と言われる理由は何もないと考える)。帰化人という言葉は間違っている、当時(4-9世紀)統治機構は日本には存在しなかった。これは正しくは渡来人というべきであると。
4~9世紀には宗像・沖の島(神宿る島)に朝鮮遣唐使は中継所としてよく来ていた(1級品の唐物や土器が残っていた)。高句麗や百済、新羅と倭国、中国南朝と倭国との交流はあった。(その後遣唐使は廃止された)これらの島に当時のお礼の舞が奉納され現代まで続いている。鎖国の時期はあったが朝鮮通信使(1607-1811年)12回、善隣友好の目的で交流は続いていた。今年、日本・韓国共同で、世界記憶遺産として申し入れたので、今年秋には登録される見込みである。今後は市民レベルで両国で友好親善にお互いに仲良くしたいものです。
'17.4.30.京都・ハートピア
<検>13.2.28.音楽・雅楽の世界と時代・上田正昭・京大名誉教授、<956>風知草「鎖国時代はなかった、<958>ゆりかご海流「文化回路としての瀬戸内海、<987>風知草「非平安」京の消防、
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