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9.11.総選挙 若い世代へ・本田由紀氏(東大助教授・教育社会学)<1>・1票は挽回・抵抗のチャンス
「若者は政治意識が低い」・・・・このような認識が広くあることによって1つの悪循環が生まれている。政党が「若者は票にならない」と考える→若者にアピールする政策の立案に熱心でなくなる→若者にとって政治がますます魅力のないものになる、というものだ。日本の若者はこの悪循環を断たねばならない状況に置かれている。彼ら・彼女らの直面させられている課題の代表例が、フリーター・とニート問題である。フリーター・とニート問題は、労働需要の側である経済システムの問題と、教育システムの問題から発生している。企業側は一方では新卒採用を抑えており、他方で新卒採用以外の正社員へのルートは狭く閉ざしたままである。また教育機関は、若者が労働市場を生き抜いていけるだけの「職業的意識」の高い教育内容を提供していない。つまり、これら二つの問題に取り組むことが政治の課題になるはずなのだ。しかし現実はそうなっていない。たとえば国の「若者自立・挑戦プラン」という政策をみても、経済や教育の改革ではなく、若者自身へのてこ入れが中心である。思想的にも、自己責任に基づいた「自由な市場競争」の中での勝ち残りを奨励する性格が強く、弱者への配慮が乏しい。各党のマニフェストをみても、経済と教育のシステムに直接取り組もうとしているものは、ほぼ見当たらない。当の若者たちも、フリーターやニート問題を構造的なものとしてではなく、自分個人の問題と考える傾向が強い。個性重視の価値観もあり、「運動」や「団結」を忌避しがちでもある。それゆえ彼ら・彼女らの利害は集団的利害として捕らえられず、政治的に代弁されにくい。さらに若者は、過重労働を強いられる正社員と安価に使い捨てられるフリーターらに分断されている。企業によって、「分割統治」されているのだ。そこでは互いに対立を強いられがちで、労働者としての利害が一致しにくい。これらが若者の置かれた政治的状況である。ただし若者に、新しい政治参加に向かう芽がないわけではない。たとえば、インターネットを通じたネットワーク的な政治参加の可能性である。地方政治で注目され始めた「電網勝手連」が参考になる。バラバラな個人の間で議論が交わされて、集団的な結束は薄いものの、全体としては一定の政治行動に結びついているような形がイメージできる。2005年9月8日 '05.9.7.朝日新聞
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備考:本田由紀さまが・第6回('06.12)大佛次郎論壇賞・奨励賞をもらわれた!おめでとうございます
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