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対談・現代を生きる(2):なだ いなださんと河瀬 直美さま (1)〜(3)と続きます
羅針盤必要な時代に「自分つくるり」の場を
若者達が「自分を確立したい」と悩んで、「自分探し」をするのが最近の特徴です。以前は家や地域社会に属し、その枠の中で生活してきた。ほとんど変化がなかった。3世代で結婚の仕方についても親の命令から見合い、恋愛と大きく変わるなど社会は急激に変化した。そんな中で「人生は自由。自分で職業を選びなさい」と言われても戸惑う人もいる。それまで所属し、命令されてきた人間は、何かを失った気がする。だから「自分探し」が必要になってきた。私達が若い時代は文学が「自分探し」の手助けになった。たとえばゲーテに「西東詩篇」。「地上の幸せは何か」という問いに、「自分が自分であることを失わないこと」と答えるフレーズがある。こんな言葉を見つけると胸にジーンときた。純文学は、そうした答えを出してくれる1種の「青春装置」だったかもしれない。私のスタッフを見ても10年前と違うのはあきらめが早く辛抱足りないこと、今やめても他の所で生きていけると思っている。今は選択技が一つではない。選ぶことが許されるから悩むんです。あなたにとって映画とは「自分探し」の手段のようですが「自分探し」を意識していたんですか。カメラをもつ前からそういう気持ちになっていたと思うんです。私が生きていく中で、迷ったり、閉じ込めていたりする部分を映画なら開放してくれる。そうすれば迷わない。ゆるぎない気持ちを持つことができると思っていた。私の患者に博識な優等生がいた。彼は自分がアルコールに依存してしまう理由を「決められた通りにしか出来ない優等生だから」と言う。現代人は複雑な文化をまたいで物事を判断しなければいけないような、広い所に放り出されるようになった。育ってきた環境の中で「これでいい」と思ってきた物差しだけでなく、羅針盤のような指針が必要になった。病気は「気をやむ」で、元気は、「気が元に戻る」と書きます。要するに自分を知る。自分が自分であることが元気のゆえんなんだと思うんです。今の社会が混乱し、そこに生きる人が患っているような、イヤな感じなのは、自分が自分でいられない時間がすごく長いからではないかな。「自分探しは」自分のなかにすでにあるものを見つけること。でも実際は、自分がこうあるべきものという、まだ存在していないものを探すのだから、「自分作り」だと思う。自分を作り上げるのは失敗したり、迷ったりすることがたくさんあって難しい。でもそこから逃れては自分つくりは出来ない。「自分で自分をつくる」という意志をもてない人が今、モラトリアム状態で逃げちゃっているんじゃないかな。'05.8.5.朝日新聞
備考:なだ いなだ(精神科医)さんと河瀬 直美さま(映画監督
備考:対談・現代を生きる(・なだ いなださんと河瀬 直美さん