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                  自由(2)・[責任]こそ表裏の関係、政権選択の定着が課題(2)
         キーワールドで考える戦後60年を幸福(1)~(2)、アイデンティティー(1)~(2)、自由(1)~(2)を報告します。

 日本では55年体制が始まる前から、与野党も知識人も保守党政権が倒れるとは思っていない。だから、権力に対する異議申し立ても、自分で権力を取った時にどんな責任を負うかを考えないから無制限な批判になってしまう。自由主義社会といいながら政権交代と選挙が結びつかない状態がこれほど長続きしている国は、もはや特殊な存在といっていい。政治的な自由を行使して権力をつくった以上、その政権に対して有権者は責任を負う。政権が約束に反したら、次の選挙で落とさなければならない。そうした責任に裏打ちされた「自由」がまだ、日本には定着していない。個人情報保護法の論議でも、この日本的な「自由」がぶつかった。個人のプライバシ-と報道の自由をどう組立てるのか。この点を丁寧に組立てなければならないが、これほどまでにプライバシ-がないがしろにしている国は少ない。新聞で書かけないことが週刊誌で出る。中にはインターネットで拾ってきたような情報が平気で流される。まるで満員の映画館で「火事だ」と叫ぶ自由。しかし、自分たちの自由を保つには責任が伴う。これこそ自由主義の原則であり、責任を持って自由を運用するからこそ義務として強制されない、ということだ。幼児虐待、無差別殺人といった凶悪犯罪が多発し、「テロの時代」が現実味を帯びる。そうして監視、防犯体制の強化の前に、市民が自発的に自由を投げ出そうとしている。政治社会をどう組立てるのか、政治もマスコミも展望を示さないまま、偏狭なナショナリズムの単純な論調ばかりが闊歩する。それが中国でも韓国でも日本でも起こり、互いに偏見を強めあっている構造だ。責任に裏付けされた自由、政府をつくる自由こそ今日、私たちの問うべき課題である。

'05.8.18.朝日新聞、東大教授藤原帰一氏(国際政治)
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