散歩道<5704>                             597から移動
                    幸福(2)・幸福の無限空間は可能・経済合理性のかなたに<2>

         
キーワールドで考える戦後60年を幸福(1)~(2)、アイデンティティー(1)~(2)、自由(1)~(2)を報告します。

 人の思い描く幸福の形には限りがない。このことが幸福資本主義の成立を可能にした。けれども、現在の消費資本主義は、環境や資源の枯渇から、あと半世紀も持続できないという矛盾をもつ。だからといって「自由な市場主義経済」を否定する必要はない。たとえば美しい絵画は、高価でも資源はほとんど消費しない。多様化していく情報コンテンツ(曲などの作品、番組)も、その市場価値は消費する物質量よりもアイデアや美しさの勝負となる。そこでは資源の大量消費なしに、「情報付加価値」を通して、市場経済を持続しつつ「幸福」の無限空間を新しく開くことも出来る。幸福の形には限りがないということは、消費資本主義の矛盾を解決する方法ともなるのだ。物質的豊かさは、確かに40年前の幸福の一因だった。今日まだ政府も企業も「市場原理」と「リストラ」で経済合理性を追求し続けているが、その追求は「自由」や「安定」「愛」や「崇高さ」といった大切な価値を犠牲にすることがある。これが現に今、不幸をもたらしている。日本の60年当時の石油消費レベルであれば、世界中の人がそれを享受しても100年以上は資源枯渇に陥らずに過ごせたという。当時の日本人は今より広く行き渡った幸福感に満たされていた。また現在のメキシコやナイジェリアの人々が日本人よりずっと強い幸福感の広く共有している事実は物質的な豊かさとは異なる「人間関係的」な幸福や幸福感受性」とも言うべき次元の大切さを示唆する。これらの次元を「非合理的なもの」と考える必要はない。反対に、経済合理性を超えた、真に全体的な合理性、いわば「幸福合理性」と考えることができるはずだ。資源浪費も他者からの収奪もなしに持続する「幸福な社会」の可能性がそこにある。

'05.8.16.朝日新聞、社会学者見田宗介氏