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幸福(2)・幸福の無限空間は可能・経済合理性のかなたに<1>
キーワールドで考える戦後60年を幸福(1)~(2)、アイデンティティー(1)~(2)、自由(1)~(2)を報告します。
戦後60年間を幸福という観点から振り返るとき、興味深い時期がある。60年代前半、それは大衆が幸福感に満ちていた時代だ。そこでは同時代を規定する言葉として「泰平ムード」が流布した。唄では「幸せなら手をたたこう」や「こんにちは赤ちゃん」がはやった。後者の歌詞に「この幸せがパパの希望よ」とある通り、いずれも「今この手にある幸福を」歌っていた。革命や終戦や独立の直後でもないのにこれほど幸福感が共有された時代は、世界史的に見ても異例だと思う。なぜ幸福の時代だったのか。1、窮乏期が終わり、人々が衣食住の最低限の基盤を得られた。2、貧困の記憶がいまだ鮮明だった。3、伝統的共同体が解体され、人々が近代の核家族という新しい「自由な愛の共同体」を入手したことだ。4、団塊という大集団のハイティーン期、つまり「幸福感受性」の強い時期に当たっていた。5、低階層の人々に収入がわたり、階層が標準化されたこと。6、消費資本主義が成立したことだ。資本主義で恐慌を防ぐには戦争か、公共事業によって需要を作り出すしかないとされてきたが、消費資本主義は広告や情報提供によって消費欲求をかきたて、需要をつくる。ここでは大衆の充足感と経済繁栄が直接的に合致する。いわば「幸福資本主義」とも呼べるシステムが、日本ではこの時期に成立したのだ。現在の幸福感はどうか。電通総研などの世界価値観調査の00版を見ると日本は「非常に幸せ」と「や幸せ」を合計した87%のヒトが幸せと答えている。これは世界中の多くの国と同じただ日本では「やや幸せ」が大部分で「非常に幸せ」28%は95年(33%)と比べても相当へった。幸せでないは少し増えている。「非常に幸せ」な人が突出して多い国は、メキシコ、ベネズエラ、プエルトリコ、ナイゼリア、タンザニアである。メキシコのGDP(国内総生産)は日本の8分の1程度、ナイジェリアは100分の1以下である。
'05.8.16.朝日新聞、社会学者見田宗介氏