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田舎暮らし・自然と折り合う感性重要
信州でブドウやハーブ、野菜などを栽培しながら暮らしている。畑仕事をはじめてから14年になる。何でも手作りする生活は忙しいのである。スローどころかいつも仕事に追われている。ワインも自家製、パンも自家製、今年から炭火焼きに使う炭も付近の雑木林から伐採した材を利用して、自前の炭焼き窯で焼いている、私は都会で消費生活を送るのと田舎で畑をやりながら暮らすのも、大してかわりはないことだと思っている。田舎の中で日常を圧倒的な自然に囲まれていれば、たまには生と死を繰り返す植物たちの情景に人生をなぞらえて見る気分になる。自分で野菜つくっていれば曲がったものもひねたものも捨てるのが勿体なくてどんな状態のものでも、おいしく料理して食べようと工夫するものだ。いずれにしろ、日本人は昔からそうした自然の中で暮らしてきた。最近田舎暮らしへの憧憬が高まっている。これは右肩の上がらない経済のもとでいかに晩年の生活を送るか、という初老期を迎えた日本と日本人のライフスタイルの問題だが、私は、自然の中に八百万(やおろず)の「カミ」を見出して畏怖(いふ)しながら自然と折り合いをつけて暮らしてきた日本人の感性は(それがナショナリズムと結びつけられなければ、という条件つきで)今の時代にふさわしい、グローバルな理解を得られる感性だと思っている。
'05.6.4.朝日新聞、玉村豊男エッセイスト
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