散歩道<5633>
友達の定年の手紙に、私の出した挨拶
(生きる音) ('16.12)
○○ 様
拝啓
お元気な様子に安心しました。叉、久しぶりの声に懐かしさが感じられました。貴方の文章に書かれていた文章(定年で退職したという)は少々ショックでした。というのは、貴方の若々しい青森出張所時代のイメージがそのまま変わっていないからです。そのあなたが60歳になったという事が、どうも信じることが出来なくて、自分も会社を辞めて○○年も経ったのかという新たな認識です。思い出すのは、八甲田山や雲谷でのスキー、板柳や、鶴田町へ行くときに、リンゴやサクランボ受粉の何ともかぐやかしい匂いが、数キロつづいた道を通った時の生物の生き生きした生命力、叉、ねぶたで、皆ではねたはねこの踊りも懐かしい、そこで僕も初めて人から借りたビデオを使った記憶があります。特に印象にのこっているのが、5月頃になって酸ヶ湯?へ行く道で長い雪に埋もれた、樹木が凍った氷を払うすごい鉄砲を撃った時の音が数十分続くすごさは、生命が生き吹く音であると、私のHP(70)生きる音でも紹介しているものです。叉、私が初めて青森に赴任して皆から設定してもらったゴルフは5月の連休だったが、我々の前にはプレーしている人がいないという実に恵まれたコンペでそれも本州・最北端でのゴルフプレーという印象に残るものでした。叉、秋田沖地震の瞬間に、私は車の中で信号待ちで前から2台目で、地震とは気が付かず、前のビル全体が横に90度倒れていくような、自分もこのように頭がおかしくなっていくのだという不安に一瞬襲われました。しかし幸い会社の被害は殆どなかった。浪岡病院の階段が最上階までひびが入ったり、水槽の水が抜け鯉が死んだり、秋田の海岸では、幼稚園児が津波が引いたと砂浜に出ていた所に、再び津波が押し寄せて、多くの幼児が亡くなった事も記憶に残っています。
叉、実に旨いトンカツの店があるといって紹介してくれた弘前のトンカツの味は本当においしかったと記憶しています。医師会主催の講演会でも何度となく、全国的に名が通った先生をお呼びして、青森、弘前、黒石、陸奥、三沢、八戸と実施しました。日野原先生の時はテーマーが一般向けで、一か所だけではもったいないという支店長の思いもあり、日曜日だったが看護婦さんにも働き掛け、出来るだけ多く集めてもらいたいという指示通りやった記録も思い出に残ります。強く貴方の事で覚えていることがあります、それは、時計が壊れたという事で、新しいものを買ってきましたと何のこともなく行動されたことです、当時、時計というものは高く貴重なものという私の判断があって、どうも古い考えから抜け出せていないのでは、こだわっているのではと?このことは(他のことにも)反省させられたことです。今思い出せるままに当時の記憶をここに書いてみました。貴方の退職記念にでもなれば嬉しく思います。お元気で、これからも、身体には気をつけて頑張って下さい。 敬具