散歩道<56>
京都の近代化の問題
写真は、京都二条城400年祭
京都の街は今変わりつつある。それは若い人を中心に伝統を重んじつつも、今の社会に町並みなどとの調和を取りながら社会の変化を感じ取ろうとしていることがよくわかる。古い都であれば昔から今に続づくいろいろのグループがそこに存在しているようだ。その伝統の流れをいい形で変えていこうという試みはある意味では自然かも知れない。京都には歴史的に見てもつねに新しいものを受け入れる姿勢があったように思う。変化への対応も、単に古いものを次世代に伝えるだけのものでなく、前向きに捉えた今までとは違う行動を若者の間で起こそうとしている。最近の数多くの新聞がそれが新たな伝統となって伝わるであろうと報告している。この流れは伝統を頑なに守る大人にも理解されてきているように感じる、元々京都には新しいものを吸収し、京都化してしまう土壌があること、今、その旧と新との接点が探られようとしている
京都の歴史の問題
昔から、京都を中心に政治は行われた、時の権力者は京都を支配することの必要性をどの時代でも考えていたようだ。そのため何度となく権力闘争が行われ、その度、盗賊や火災による被害を受けた民衆は、それにもめげず復興に努力したと報告されている。また難病等の発生は世の中の末法思想とあいまって、宗教等に救いを求めていったと思われる、神社やお寺は実に1700(本当は1300-1350だそうです)あるとタクシーの運転手に教えられた。京都には歴史的な祭りがある、人間が人知を超えたものに自らの存在が影響を受けていると感じた時、人はそのような力と和解をもとめて祭り*1を作りだし調和を図ったと博物館の資料等に書かれている。時代祭りなど、京都には女性を主役にした華やかさがある、又時の権力者に関係なく京都にその人物とか、グループがどのようにかかわったかという関係で、その人たちが評価されていることなど興味深い、このような事を考えると、非常に奥深いものが京都には染みついているように思う。
散歩道<168>京都の活性化(1)については、<169>(2)、散歩道<174>*1ハーレーの場、