散歩道<5194>
仕事力・人生を懸けて追いかける(2) (1)〜(4)続く
大海にこぎ出す前の遠回り
アイザック・スターンの表現への教え
チャイコフスキー国際コンクールで優勝した翌年の1991年早春、私はバイオリニストのアイザック・スターンに演奏を聞いてもらう幸運にめぐまれました。そのときの曲はモツアルトの「バイオリン協奏曲第5番」とバッハのシャコンヌ。どちらも自信のあるレパートリーの一つでしたが、スターン氏は「あなたは、なぜここをこういうふうに弾くのです」と、幾つもの質問をしてくるのです。答えられずにいると「教えてくれた先生が言ったからと、そのまま従うのはこれから改めなくてはなりません」と厳しく忠告をしてくださいました。
コンクールは、ある意味で五輪競技に似ています。演奏に対する基準があって、技術的にできていなかったりミスをしたりすると減点されていく。その中で参加者同士が競い合うために正確さが重要でした。
スターン氏は「作曲者の自筆譜を研究して、自分なりの演奏をしなくてはならない。しかもそれを言葉で表現できなくてはならない」とも言いました。問題を自分で考え、自分の内部で消化し、解決策がきちんと自分のものになっていなければならない、と。自分でどう弾きたいのか、どう表現したらいいのか。それは、今までの「学生」の生き方とは違う、「プロの音楽家」として生きる姿勢です。衝撃でした。
また、毎日、新聞を読み、世の中のことをよく分かって行動するようにとも教わりました。音楽もいろいろな社会の状況や政治情勢と無縁ではなく、作曲家が曲を書いた背景を演奏家も理解していなくてはならないなど貴重な教えが多く、私は何も知らないのだと痛感したのです。
音楽で生きて行くには 何が必要なのか
優勝を手にした直後の私には、音楽会から歓迎されそのままプロの道へ進める環境がありましたが、スターン氏に会ってから、できるだけ長く生涯を通してプロであるために、バイオリン以外のことも学ばなくては続かないと理解しました。私はまだ若いし、今しか出来ないことがあるはずだと考えていたのです。
バイオリンを学ぶ立場でいた自分が、次は芸術という世界に踏み込まなくてはならない。それは、大海に放り出されるような気持ちです。芸術という大海は一体どんなものなのか。バイオリンを正確に弾きこなす技術以上に、何をどうすれば世界中から認められるソリストに育つことができるのか。その大きな課題を抱いて、私は米国のジュリアード音楽院へ留学します。校長先生は、音楽は総合的な芸術であり、アカデミックな学問も必要であると、並行してコロンビア大学せ政治思想史などを聴講する機会をあたえて下さいました。バイオリンを演奏するために、広く学問を志す。プロになるということは何と大変なことなのでしょうか。ショービジネスの本場である米国では、さらに、ステージで身につけるドレスの重要性や、演奏以外に大切な表現についても徹底しています。長くプロとして生きるには多面的な学びが必要なんだと思います。
'13.3.10〜 3.31.朝日新聞・バイオニスト・諏訪内 晶子さん
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