散歩道<5193>
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                               記憶にない幼い出会い
 
 
人間を引き付ける 音楽の不思議   
 この2月に、初めての試みとして横浜と仙台で音楽際を主宰しました。今までの私のコンサートと違って会場にはお母さんと一緒に赤ちゃんや小さなお子さんにもお越し頂きました。思い思いに床に腰を下ろして演奏に耳を傾け、バイオリンやチェロの音がなり響くと、子ども達は聞き入るようにしているのです。クラシックのコンサートのほとんどは幼児への入場制限があるのが現状ですから驚きもあったと思います。私には子どもたちの反応が喜びでした。それは幼くして音楽に魅了された私の経験からです。
 バイオリンに出会ったのは2歳半、習い始めたのは3歳のころ、音楽家ではなく普通の勤め人だった家庭でした。飽きずレコードを聴く娘を近くの音楽教室に通わせ、バイオリンと生きるきっかけを与えてくれました。習うことに夢中になったというのですが、本人にあまり記憶はあリません。
 でもその日から今日までもう指の骨が変形してしまうほどバイオリンを弾き続けました。音楽というもの、芸術の力というものは、理屈も年齢も国境もなく、それほど心をつかんで離さないものなのでしょう。そんな音楽というものを、幼い子ども達の人生に一刻も早く登場させたいと願わずにはいられません。

遅いスタートでは 間に合わない演奏技術  
 プロになる、仕事とする。その為には、3歳でも4歳でもなるべく早く習い始めなくてはならないのが演奏家の厳しさです。そして何時間練習しても逃げ出さず、またもどって来るかどうか。やはり、本人が好きであるかどうかが根源にあるのではないでしょうか。
 私はいくつかのコンクールを経て、ロシアで行われているチャイコフスキー国際コンクールに臨むことができましたが、振り返って考えると「楽しさ」が大きかった。大好きなバイオリンを同じように愛する世界中の人が、一人ひとり厳しい練習を乗り越えて集まってくる、楽器一つで様々な人と交流できる、その一体感が何ものにも代えがたく、音楽をやっているとこんなことができるのだと高揚しました。
 しかも私は、当時いロシアの音楽教育の水準が非常に高いことを知っていたので、コンクールへの参加を通じてロシアに行ってみたいという、憧れの気持ちが強かったのです。ただただ飽くことなく学びたい。それが正直な、まだ10代だった私の情熱でした。
 チャイコフスキー国際コンクールでは優勝することができましたが、私はこのあと始めて、「仕事」「プロ」という立場と向き合うことになります。優勝はプロへの登竜門と位置ずけられており、次々といくつもの演奏会が準備されていきました。この世界的なコンクール優勝の勢いに乗って、話題性のあるまだ10代の私は、バイオリニストデビユーを飾ることが当たり前のように思われていたのです。
 でも、私は、自分が何かを置き去りにしている気がしてなりませんでした。バイオリン演奏者として、生涯この仕事をしていくために、もっと学びが必要だと直感し始めていたのです。 

'13.3.10〜 3.31.朝日新聞・バイオニスト・諏訪内 晶子さん

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