散歩道<5131>
 
                             インタビユー・オピニオン・ナショナリズムを考える (2)                    
(1)〜(5)続く
 
                        本来は社会つなぐ 欠かせない接着剤 差別的思想とは別

 急に燃え上がったり、刺激しあったり、時には暴走して好戦的になったり。扱いを誤ると大変なことになるのがナショナリズムだと思っていた。国民とは「想像の共同体」であると唱えて世に衝撃を与えた、米コーネル大名誉教授のベネディクト・アンダーソンさんに聞いた。

・・・石原前知事の言うようなことは、本来のナショナリズムではないということでしょうか。
  「ええ、違います。自分の国がどうもうまくいっていなように感じる。でも、それを自分たちのせいだと思いたくない。そんな時、人々は外国や移民が悪いんだと考えがちです。中国、韓国や在日外国人への敵対心はこうして生まれる。これはナショナリズムというよりは、民族主義的、人種差別的な考え方です」
  「米国でも同じことが起きています。国民の多くが、米国の優位性が弱まり、下り坂になったと感じているからこそ、新しい敵は中国だというプロパガンダが横行するのです。過去にはこの役回りをネーティブアメリカンやファシスト、共産主義者、イスラム教徒がしましたが」
・・・国民は、近代になって「創作」されたものだと主張されていますね。では、ナショナリズムとは、いったい何なのでしょうか。
  「通常のナショナリズムは、日常生活の一部であり、習慣やイメージであり、空気のようなものなのです。例えば、テレビで天気予報を見るとします。その際、どうして日本各地の天気しか予報していないのか、などとは誰も疑問を抱きません。テレビのコマーシャルが、すべて日本人を対象にしていることについても、誰も注意を向けない。誰もが、
『日本人
*1』であることを当たり前に受け入れています」「ですが、日本が国民国家としてスタートしたのはほんの百数十年前、明治時代です。それまでは、自分は『日本人』だとは誰も思っていなかったはずです。象徴的なのはアイヌ民族と沖縄の人々です。日本政府は明治時代になって初めて、彼らを『日本人』に組み入れた。江戸時代より前は、自分たちとは違う民族だと区別していたのに」

'12.11.13.朝日新聞・国民と国家について考える ベネディクト・アンダーソンさん


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