散歩道<5119>
仕事力・本気になりませんか(1) (1)〜(4)続く
何のために人生を使うか
私の人生を変えたある少女の死
進路を考えあぐねていた高校時代、日本での閉塞感もあって3年のとき米国へ留学しています。親の反対を押し切ってそのまま現地で大学へ進み、経済学に出会いました。経済活動における人間の行動や心理を理論的に分析するのも面白かったし、それを政策に結びつけることもできる。筋道がはっきりしていて、これは世の中に役立つ学問だと思いました。
それから一度帰国はしましたが、米国プリンストン大学に戻って助教授として就職しました、学生達は皆優秀だし、政策を研究し教えることで、私は世の中の役に立っている。少なからずそう自負していました。
プリンストン大学で教壇に立った5年ころ、1年間の研究休暇を世界銀行から「1国でいいから発展途上国を訪ね、自分の目で国民の貧しさを見てくること」。その後視察団と同行し、エジプトのカイロへ飛び、ある日郊外にある「死者の町」に足を運びました。イスラムの広い墓地に行き所のない人々が住みついた貧民街。そこで、病んでいる少女を抱くと、私の中で程なく息絶えたのです。下痢から来る脱水症状でした。
安全な飲み水に糖分と塩分を入れた、家庭でも簡単に作れるような飲料水で応急手当てができたはずなのに、長い歴史を持つエジプトでなぜ多くの国民がどん底の貧しさの中にいるのか。悲しいとともに、誰の神様でいいから、ぶん殴りたい怒りが湧き上がってみました。
教職を捨てて貧困と闘う道へ
ひどい経済政策がもたらす激しい貧困の差を目のあたりにして、「自分は、何のために経済学をやってきたのだろう」という無力感におそわれ、私は学究生活には戻れなくなりました。途上国の経済発展を支援するため資金や知識の提供をしている世界銀行に、このまま残ろう。開発を通して貧困と闘いたい。
少女の死に強いショックを受けましたが、それは又、今まで知らなかった自分の本気に火がついた瞬間でもありました。学んできた年月、体験したこと、つまり自分の持てる力をどうやって役に立てることができるのか。次の仕事に進んで行く尺度は、その少女になりました。何をしても「生きていたら喜んでくれるかしら、幸せにできるかしら」と自分に問うことが習慣になっています。人間は本気になると、はたからみたら無鉄砲でハラハラする様なことも、平気になれるようですね。するべき仕事に対して捨て身になる。私はそこから本当の力が出てくると思っています。
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'12.12.2〜13.1.6.朝日新聞・西水美恵子さん